大判例

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名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)120号 判決

控訴人

五洋紙工株式会社

右代表者

廣瀬幸次郎

右訴訟代理人

酒井什

外二名

被控訴人

藤原里子

外四名

右被控訴人全員訴訟代理人

酒井祝成

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当審において取調べた新証拠を加えてなした当裁判所の判断によつても、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと考える。その理由は、左に削除ないし付加訂正するほか、原判決理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一原判決の付加訂正〈省略〉

二控訴人の当審における主張について

1 控訴人の本訴請求は、東海テープの代表取締役であつた藤原元之がその在任中代表取締役としての任務を怠つた結果、同会社に損害を与えて倒産に至らせ、ひいて同会社の債権者である控訴会社の債権回収を不能ならしめたことを理由にその損害の賠償を求めるもので、いわゆめ間接損害の賠償を求めるものである。ところで、右のような間接損害の賠償を請求するについては、代表取締役の任務懈怠行為とこれによる会社の倒産並びに第三者の損害との間には相当因果関係の存することが必要と解され、若し、右代表取締役の任務懈怠行為が、みずから会社経営に関与せず、他の者に一任したことによる場合には、さらに右会社業務を一任された者の悪意または重過失による任務懈怠行為と会社の倒産ならびに第三者の損害との間に相当因果関係がなければならない。

2 これを本件についてみるに、まず控訴人は、藤原元之の監視義務違反を主張するところ、同人が東海テープの代表取締役でありながら、同会社の業務運営一切を友人である加藤照明に包括的に委ね、自ら同会社の経営に関与しなかつたことは当事者間同争いのないところであるから、かりに加藤が藤原より同会社の経営に関し、より適任者であつたとしても、藤原は、同会社の代表取締役の地位にあつた以上、その任務を故意に懈怠していたことは否定できない。

しかしながら、東海テープの倒産は、同会社の主力取引先である東海化成品の倒産のあおりによる連鎖倒産であり、東海テープが東海化成品との取引を継続したこと、および東海化成品の営業実態を早期に把握し、これとの取引を早期に打切らなかつたこと(なお、東海化成品の倒産当時、控訴会社も右倒産会社の取引債権者であつたことは〈証拠〉によつて明らかである)について、加藤照明に故意または重大な過失による任務懈怠行為があつたとするに足りないことは、先に引用した原判決認定のとおりであり、控訴人主張のような、加藤照明の東海合成、東海商事および東海化成品に関する従前からの取引関係(但し、加藤が東海化成品の名義上の取締役であつたことは原判決認定のとおり)があつたとしても、これをもつて右認定を動かすに足りない。

結局、この点について、藤原元之の監視義務違反と東海テープの倒産との間には、相当因果関係を欠くことになり、控訴人は藤原に対し、同人の任務懈怠行為を理由に損害の賠償を求めることはできないものというべきである。

3  次に控訴人は、東海テープの代表取締役であつた藤原元之が、加藤照明と共謀のうえ、両名の個人債務に関し、同会社の資産を右債務の弁済にあて、会社代表取締役としての善管注意義務と忠実義務に違反したものと主張する。

東海テープの右両名に対する支出のいきさつは、先に引用した原判決認定のとおり、東海テープがさきに倒産した東海合成の第二会社であり、東海合成の債務を弁済整理すると共に東海合成の抵当権者である中相の承認のもとに東海合成の企業設備を確保し、同社従業員を利用することが東海テープ発足の必須条件であり、控訴人主張の藤原ら両名の個人債務は、いずれも倒産した東海合成当時の債務の引継ぎ分若しくは東海合成の債務の弁済整理にあてるため金融機関から借受けたものであり、純然たる個人債務というより倒産会社を引継いで第二会社を発足させるための債務負担行為であつたこと明らかである。もつとも、右のような債務負担行為とされても、藤原が蒲信から借受けた六五〇〇万円については、〈証拠〉によれば、右金員を売買代金として、藤原外九名が東海合成の工場敷地を買受け、この所有権移転登記を取得する一方、右買受代金の返済については、藤原に対する仮払名下に東海テープから支出がなされていること明らかである。したがつて、右仮払金の支出が被控訴人主張のように将来の不動産買戻代金の一部支出とみるか、或は藤原の個人債務弁済について、東海テープの資金を不正に支出したものかはさらに検討を要するところ、〈証拠〉を合せ考えると、右仮払金は、不動産その他企業設備の買戻資金の趣旨のもとに東海テープより藤原に対して支払されていたところ、東海テープの倒産により右買戻が不可能となつたため、昭和四七年三月一四日藤原において、あらたに蒲信より一億二四〇〇万円を借受け、これによつて前記蒲信から借受けた六五〇〇万円の残額元利合計四〇〇〇万円、藤原が東海テープから借入れた借入金合計三八三〇万円、その他東海テープの取引先に対する手形不渡返済分三八〇二万一二五円、割引手形買戻分三七九万七〇〇〇円等を支出して精算をしていること、右一億二四〇〇万円は、藤原らが買受けた前記不動産の売却代金および同人の個人預金の解約分を財源としていることが認められ、ほかに右認定を動かすに足る証拠はない。そして以上のような事実関係からすると、東海テープの藤原に対する当初からの仮払は、これを藤原に対する不正支出とみるより企業設備買戻資金として支出されていたが、倒産のためその途を閉ざされ、結局藤原個人において精算を行つたものとみるのが相当である。

したがつて、控訴人のこの点に関する主張は、旧東海合成の債務を引継ぎ整理することを前提として第二会社たる東海テープを設立発足させたこと自体を論難する論拠となりえたとしても、東海テープの代表取締役たる藤原の会社に対する管理義務ないし忠実義務に違反があることを理由にこれを問責することはできない。のみならず、東海テープの倒産の直接原因は、前に述べたとおり、取引先である東海化成品の倒産に起因する連鎖倒産であり、藤原ら両名に対する仮払金または貸付金名下の支出行為が、同会社の倒産を招いたことは全証拠によつても直ちに断ずることはできず、この点からも控訴人主張の損害との間に相当因果関係を欠くものといわざるをえない。

三してみると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 加藤義則 福田晧一)

[参考・第一審判決理由]

一、1 原告は洋紙の販売等を業とする株式会社であるが、東海テープに対しシリコンペーパーを売渡したところ、東海テープは右買掛代金支払いのため、約束手形の振出交付、為替手形の引受をしたことは当事者間に争いのないところである。

2 而して〈証拠〉によると、原告が東海テープの振出又は引受にかゝる別紙約束手形目録記載の約束手形一八通、同為替手形目録記載の為替手形八通を各所持していることが認められ、他にこれに反する証拠もない。

そうだとすると、他に特段の事情のない限り、原告は東海テープに対し右額面合計三一六七万七、九一一円の為替手形金債権および同じく一三三八万九、六四八円の約束手形金債権を各有するものと認むべきである。

3 次に東海テープは紙加工粘着テープ製造販売等を業とする会社であるところ、昭和四六年一一月二日に手形不渡を出し、昭和四七年一月四日に手形交換所における取引停止処分を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、東海テープは右手形不渡発生後いわゆる倒産状態に立至つたことが認められて他にこれに反する証拠もない。

4 而して〈証拠〉を総合すると、東海テープの倒産後に成立した債権者委員会による整理では、原告を含む各債権者に債権額の3.15パーセントの配当(原告に対しては金一八六万八一七五円の配当)をしたのみで、それ以上の配当をなし得ぬまゝに整理を終つたことが認められ、他にこれに反する証拠もない。

そうだとすると前記原告の債権額から配当受領分を控除した残額の四三一九万九三八四円の債権は回収不能に終り、原告は東海テープの倒産により右同額の損害を蒙つたものというべきである。

二、次に亡藤原元之が東海テープの設立以来同会社の代表取締役に就任し、昭和四六年一二月九日まで同社代表取締役として登記せられていたことは当事者間に争いがない。

被告は藤原元之は昭和四六年二月の臨時株主総会で代表取締役を辞任した旨主張するが、〈証拠〉中その趣旨の部分は後記証拠に照し措信し難く、他に右事実を認むべき証拠はなく、却つて〈証拠〉によると、藤原元之は昭和四六年一二月九日の臨時株主総会ではじめて辞任したものであり、同年一一月の東海テープの倒産さわぎの際も、東海テープの代表取締役として債権者らに対し応待していたことが認められる次第であるから、被告の右主張は採用し難いものである。

三、原告は、藤原元之が東海テープ代表取締役としての職務執行上の故意又は重過失により、東海テープを倒産に至らせ原告に損害を与えた、と主張する。

そこで考えるに、原告は先ず藤原元之の監視義務違反を主張するが、同人が本業の税理士事務の関係で、東海テープの業務運営一切を友人である加藤照明に委せ、右加藤は代表取締役印を所持して約束手形の発行、材料の仕入れ、売掛金の回収等一切の会社業務を執行していたことは当事者間に争いのないところである。

原告はこのように藤原元之が加藤照明に代表取締役の職務を一任してその監督を怠つた結果、加藤が東海化成品に対し一億円の焦付債権を発生させたと主張する。

東海テープの東海化成品に対する一億円の売掛債権が東海化成品の倒産により回収不能になつたことは当事者間に争いがないし、東海テープの倒産が東海化成品倒産のあおりによる連鎖倒産であることは、〈証拠〉により明かなところである。

しかしながら他方、〈証拠〉によると、東海テープは東海化成品に対し製品を売却し手形決済で取引をしていたところ、東海化成品から受取る手形中に融通手形で不渡りになるものが出てきたところから同社との取引を警戒するようになつたが、何分にも大口取引先のため、これに代るべき売込先を見付けるのに手間どり、訴外キクスイテープに売る話がやつとできたときには既に東海化成品は他社からの連鎖反応により倒産しており、間もなく東海テープもその影響により倒産した状況を認め得るものである。

〈証拠〉によると、当時東海テープの実務を取仕切つていた加藤照明が東海化成品の取締役に就任していることは認められるが、同人が同社の経営の実務に迄携わつていたことを認め得るような証拠は一もなく、むしろ〈証拠〉によると、少なくとも同人は同社の経営に携わつていなかつたことを窺い得るものであるから、加藤照明が東海化成品の実情を知りながら(又は容易に知り得るに拘わらず、)敢えて売込みを続けたとは解し難いものである。而して他に前記認定に反する証拠もない。

そこで右認定事実にてらすときには、東海テープが東海化成品と最後迄取引を続けたのもまことに無理からぬ理由があると思料されるので、もつと早期に東海化成品との取引を打切らなかつたことにつき、東海テープの役員又は従業員の何人かに重大な義務違反があると解するのは過酷な判断といわざるを得ない。

それゆえ原告は藤原元之の監視義務違反の責を問うているが、上記の状況にてらすときには、仮りに藤原元之が役員従業員に対する監視又は監督の責をつくしていた場合でも、東海テープが東海化成品との取引をより早く打切ることは期待不可能であつたと思料されるので、結局、藤原元之の監視義務違反行為と、東海テープの東海化成品に対する焦付債権発生、これによる東海テープの連鎖倒産、との間には相当因果関係を欠くものと思料される次第である。

(夏目仲次)

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